マフィンストーリー





1年前くらいかな?

マフィン屋さんてほんとによく呼ばれるようになって。


「私マフィン屋なんだー」


って自分で驚いてました。


よく行くゼロ屋のカズさんに「私マフィン屋さんなんだってー」って話したら

「もうマフィン屋でしょーwww」って笑われて、そっかーって思った。


それから自分でも「マフィン屋です」って言うようになりました。


ここでなぜマフィン屋になったのかを簡単に説明しようと思います。


元々はLIFEsize(ライフサイズ)っていうアパレルブランドをやってました。

通販からスタートして、事務所を作った後、高砂にアトリエ兼店舗LIFEDELIVERY(ライフデリバリー)を運営していました。


セミオーダーで採寸してその人に合ったサイズを作ったりしていたので、

ゆっくりと話しながらお買い物できるスペースをと

今のcafeLIFEisGOODを始めたのが2018年クリスマス。


NYが好きだったのでカップケーキを出そうと思っていたんだけど

カップケーキは生物だったりするのでマフィンを2、3種類置くことにしました。


LIFEDELIVERYでもゼロ屋に出張カフェに来てもらったり、カラフルなマフィンを展示会で

振る舞ったりもしていました。

自分でも作ってみたんだけど、これが全然うまく作れない。。。

カラフルなマフィンの試行錯誤を繰り返し、行き着いた答えは「作れる人に作ってもらおう」でした。


カフェをオープンする際、店長をひとり置いて、その人に店に立ってもらおうと探してました。最初っから自分が立つことは考えてなかった。

だって飲食はバイトでやってたくらいだし、どちらかというと、メニューとかチラシとかを作る側の人間で関わっていたタイプだし。


その頃におみなちゃん(高橋さん)がアパレルで縫製のお手伝いをしてくれてて。

彼女は安室ちゃんのファンでコスプレをよく作ってました。その頃安室ちゃん引退時期で

同じファンの人たちから、安室コスの注文が殺到!

それをインスタで見かけてうちの商品も作ってくれないかと誘ったのが最初。

元々はお客さんでよく服を買ってくれてました。

で、彼女は仕事を辞めてコス作り一本で動いてたんだけど、安室ちゃん引退後はコス作りも

少なくなるのがわかってたので、カフェの店長やってくれないかなーってまたお誘い。


彼女は「うんやるー」って即答。



そしてオープンまでにマフィンをお願いしたら、見事に美味しくてカラフルなマフィンを作ってくれた。


元々飲食で10年以上バイトしてたから、手際はいいと思ってたんだけど、

こんなに上手に焼けるとは。


てか、飲食でバイトしてたからってマフィンが焼けるとは限らない。

話を聞くと、趣味でよく焼き菓子は作っているのだという。


コーヒー淹れるのもすぐ覚えたし、初めてエスプレッソマシーンでラテを入れた時も一発でラテアート作っちゃうわけで。


そんなこんなで、1年が経った頃、コロナで世の中はグチャグチャに。


お店もアパレルも売り上げが下がり、一旦は閉めようかと考えました。


その時に、「テイクアウトでマフィンを売ろう!」にシフトしました。


そのころはまだ10種類も無かったんじゃないかなー。


今では50種類以上のマフィンを作ってます。



マフィンにファンができて、大量注文からの出張マフィンもスタート。

今では毎週末出張マフィンの日々。

今週末は初の地方出張。


何もかもが新くて初めてのことだらけ。


マフィンやチーズケーキがこんなに美味しく仕上がったのも奇跡だし、

(高橋さん自身もびっくりしてると思う)

ピンクのマフィンカーで走り回ってるのも想像してなかったし、

マフィンの歌ができたのも考えてなかったし、レシピ動画チャンネルも思いついても無かった!

どこまでどの道で旅をするのかは今でも全くわからないです。


その時の世の中の動きとか友達の体調とか天気とか。

そんなのを読み取りながら、何が今必要なのかをつなげながら

前に進んでいます。


そうやってマフィンが毎朝焼けていきます。


マフィンじゃなくたっていいんですよ。

今マフィンを焼いているだけなんです。


目の前のお客様や周りの友達が喜んでくれればマフィンじゃなくていいんです。




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